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引き継ぎもままならず、気分は最悪でした。

でも引き受けた以上やらなくてはいけません。


弱音のはけない私でした。


マニュアルは整備されているものの、書類が毎日


どんどん山のように溜まっていきました。


100
人ぐらいのフロアに事務は3人

生産技術部の事務は私一人です。


一つの書類を片付けるのに関連する人に聞きまくり

やっていくと時間がすごくかかるわ、電話は鳴るわ

もうどうにもならないと思い、年末年始の休みを

返上して出社し、書類の山を片付けたのでした。


なんとか危機を脱出し、業務の改善提案もし、

私なりに満足したため、その仕事が急に

つまらなくなり、2年で終了することに決めました。





そのあとはコールセンターのまとめの仕事、

自動車販売会社でしたが、合併して本社が移動に

なることになったので、通えなくなるので終了となりました。




そのあとは大手繊維会社の環境技術センターの



営業事務の仕事、パソコンの設定などの仕事をしました。




ある日、伝票のミスで桁を一桁間違えて請求したことが

発覚し、相手は大企業、専用伝票の金額を間違えたとのことでした。


そして、それは決算の気をまたいでからわかったので

取引先の企業さんもどうするかを話し合いたいので

来てくれと連絡がありました。



普段は私がしている仕事なので、私のミスだと

勝手に判断され、女子社員が私に相手先の企業に行くように

と言ってきたのですが、


私は自分が桁を間違えるなんて信じられませんでした。

そこで伝票の控えを調べてみると、私の休みの日で、

その女子社員の人の筆跡でした。


そこで、その女子社員のの人に伝票の控えを見てもらい

濡れ衣を晴らすことができました。


その女子社員は、時々桁を間違えて請求したことが

あったのです。


でもみんなが私の間違いだと決めつけたことにショックを

受けました。



女子社員の人は小さい子供さんがいて、突発で休まれることも多く


私は一人で3人の仕事をやらなくてはいけない日もありました。



パソコンの設定で一人で残業することも時々あり、

雑用もどんどん押し付けられ、だんだん嫌になり

終了したいと思うようになりました。



そんな時に小学校の運動会で友達に

FP
の資格を取らないかと誘われて

自宅で勉強してFP3級をとりました。


そうしたところ、金融の事務の仕事の紹介がありました。

信用金庫の保証会社で、初めは土地と建物の

評価の仕事でした。

一緒に入った人が3ヶ月で辞めることになり、

次の人が入らないなぁと思っていたら



突然、今日から経理やってくれと言われました。



簿記の資格はありますが、



実務経験はありませんでした。



前から経理の仕事がしたかったのですが、



派遣会社からの紹介はありませんでした。

 



急にやりたい仕事ができることになったのですが、


引継ぎは10日もなく、またまた苦労をすることに


なったのでした。



そろそろ、気が付いてもいいようなものの


引継ぎが短く、無理難題を押し付けられる 


というパターンでした。

そのあともどんどんいろんな仕事をやらされることに

なるのでした。


次回へ続く